山忠漆器/川連漆器/漆器/秋田県

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ごあいさつごあいさつ
川連塗りの家業を継ぎはやいもので30年が経ちました。
ここまでなんとかやってこられたのも家族や友人、漆器協同組合の皆さま、そしてお客様の支えがあったからこそのものでその度重なる御厚恩に拝謝申し上げます。
苦しい生活ではありますが、自分の好きな事を仕事としてできる喜びを感じております。

さて、現代では目覚ましい技術の進歩による大量生産という生産方式が考え出された結果、 均質な工業製品が安価に消費者に提供されるようになりました。
そのため、職人としては当然の一品一品に気持ちを込め、人間の手で作ろうという考えは時代の流れに逆行しています。
よく百貨店等で1000円ほどのお椀、もしくはそれを切るような値段で販売しているものが見受けられます。しかもそれらは「国産漆使用」や「国産漆器」とかただプラスチックに漆に似せた塗料をふきかけているだけの物で、名ばかり誇張したものに呆れてものも言えません。漆の原料価格やその他コスト、私どもの視点からみればどうしても考えられません。
「漆器」は漆のうつわと書くため、器がたとえプラスチックだとしても漆器としての定義に間違いはありません。
しかし、永きに渡る漆器の歴史の中でプラスチックに塗りの技術があったでしょうか。古来より自然の恵みを大切にした背景があるからこそ、一本の木から樹液を取り、木を切り倒し、加工し漆器を作る文化の基盤ができました。
今の時代、多くの方は本物の漆器を使ったことがないのではないでしょうか。ぜひそんな方に天然の木でできている漆器の温もりを感じてもらいたいと思っています。

長々と書いてしまいましたが、まだまだお話ししたいことが沢山あります。
テレビ、インターネット等の映像では伝えきれない漆の奥ゆかしさは日本人の私たちの美徳に通ずるものがあります。全国各地での出店がありますのでそのとき、実際に目で見て触れて感じてください。
もっと漆器を知ってほしい私は、雄弁は銀というようについ世間話や下らないような話をしてしまうかもしれません。ごめんなさい。
私はまだまだ職人として人として未熟者であります。白髪も増えてきたことも相まって、まさに銀です。オリンピックで言えば金を目指して日々精進していく所存であります。これからもどうかよろしくお願いいたします。


川連漆器の歴史と特徴川連漆器の歴史と特徴
鎌倉時代(1193年)、源頼朝の家人で稲庭城主の小野寺重道の弟、道矩公が古四王野尻(現在の漆器の中心地)に館を築き、家臣に命じて刀の鞘、弓、鎧などの武具に漆を塗らせたのが始まりとされています。
しかし、本格的に漆器産業が始まったのは17世紀中頃、元和(1615年)から元禄にかけてであり、川連村を中心に約26戸が椀師稼業を営んだとの記録が残っています。
文化12年(1815年)、藩の許可を得て朱塗りの漆器をつくり販路を他国にひらき、江戸時代後期には藩の保護政策のもとに、椀、膳、重箱など幅広い漆器がつくられるようになり、沈金、蒔絵などの飾が加わり基盤をさらに大きく築きあげていきました。
明治には新しい技術開発がおこなわれ、昭和51年には、国の伝統的工芸品に指定され、平成8年には県の指定も受けました。
堅牢さを誇る実用的な生活用品として庶民生活に密着し、今日、川連漆器は町の主要産業となっております。


販売商品


        基本情報

        商号 山忠漆器
        設立
        住所 〒012-0105 秋田県湯沢市川連町字大舘
        従業員数
        取り扱い品目 川連漆器
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