丹心窯/波佐見焼/陶磁器/長崎県

詳細情報

波佐見焼の歴史波佐見焼の歴史
 今から400年前の1598年慶長3年の文禄・慶長の役で豊臣秀吉に従い朝鮮に従軍した大村藩主 大村喜前は陶工 李祐慶兄弟をはじめとする陶工をつれて帰りました。彼らは波佐見の村木郷の「畑の原」や「古皿屋」「山似田」に登窯(階段状連房式)を築き、
焼物をつくりはじめました。これが波佐見焼のはじまりと伝えられます。
 最初のころは陶器を焼きていましたが磁器の原料となる白磁鉱が発見され、
青磁や染付などの磁器の生産が盛んになりました。
その後、江戸時代後期には日本一の生産量を誇るまでになりました。
当時の波佐見焼を代表するものが「コンプラ瓶」と「くらわんか碗」です。
以来400年にわたり毎日の生活に欠かせない、手頃で上質な食器を作り続けています。


丹心窯の「水晶彫」の焼物はこの地「小樽/こだる」から丹心窯の「水晶彫」の焼物はこの地「小樽/こだる」から
 丹心窯の創業は1980年(昭和55年)長崎譲が祖父が創業した窯元から独立してこの地に窯を築きました。
それまでは白濁した蛍焼※しかなかったものを試行錯誤を重ねて苦心の末に初めて完成させたのが無色透明で透き通る、
美しい輝きを放つ新しい蛍焼でした。まるでクリスタルのように光るその輝きから「水晶彫」と名付けられました。
※ほたるやき/焼物に透かした彫りをいれてそこに釉薬を埋め込み半透明で光を通す技法で作った焼物

 「水晶彫」は天草産の上質な白磁の生地に穴をあけ、
そこに秘伝ともいえる粘土をつめて焼くことで水晶のような輝きと透明感を生み出す丹心窯の独自の製法です。
手彫りで穴を彫り、一つひとつ手作業で粘土をつめて1300土の高温で2回焼成を行う、
手間ひまかけた焼物なのです。
それ以来30年続く窯の作風と技法を受け継ぎながら窯の火を守ってきました。
今後も水晶彫の可能性を信じて、色々なことにチャレンジしていきながら、
今の時代の生活スタイルに似合う新しい「水晶彫」を作りたい、そんな思いで日々、焼物づくりに取り組んでいます。


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        基本情報

        商号 丹心窯
        設立
        住所 〒859-3704 長崎県東彼杵郡波佐見町小樽郷
        従業員数
        取り扱い品目 波佐見焼
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